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2014年版

1.現状の理解

 「研究室を選ぶことは,自分が一生拠り所とするものの考え方を手に入れることである.」と書いたのは何年も前のことである.今一度原点にもどって話を開始することは,自らの研究室の運営の原点を見直すことにもなると考え,再びこの視点から始めてみたい.

 研究室で手に入れなければならないものは,計算法,実験法といった手法に加え,背景として研究の基盤となる自然への目の向け方,あるいはあたらしいシステムデザインのための必然性,論理性,美的感覚などであると考えている.これらに一様な答えは無く,指導を受ける者が自らの感性で,日頃接する教員,先輩の示す言葉や,態度,あるいは振舞いから習得することである.そんなものは,研究と関係ないと思う人はいるかもしれない.しかし,手法論が何のためのもであるかを描けず,研究そのものの目的を見出せない研究者が多数いる.その結果,彼らは,どこかに面白テーマはないか,面白い式は無いか,あるいは極論を言えば人から評価される研究テーマは無いかといった行動になり,物理や数理,工学への飽くなき探求とはほど遠いものとなる.博士課程の教育を受けた将来を期待された研究者から,「良い問題を下さい.そしたら解いて上げますよ.」という言葉を受けたことが何度もある.本末顛倒な物言いに,ガックリしたことは一度や二度ではない.学会の指導者クラスが集まる会合においてさえ,そのような発言をする人がいる.私が研究室で学生の皆さんに期待していることは,そういうことではない.博士の研究を経ていても,システム化された教育を受けている訳ではないという現状が見える.

 大学・大学院が,研究者を指向する人の教育を真剣に考え,システムを作って来たとは言い難い.なんとなく同質の関係者が共通の認識として進めて来た.均質な社会での暗黙知と言えるが,正直言えばその前提が崩れた時,手を抜いて来た結果として,教育として成立しなくなっている.日本で博士の学位をPhDと称することが許されているが,その教育課程に本当にPhDの価値を問い続けてきた,いるとは言えない.(ただ,決して海外のPhDがそれが出来ていると言っている訳ではない.)

 この問題点は以前から指摘されていた.つい最近まで,企業の技術者の多くが論文博士のシステムを用いて学位取得を行ってきた.この制度は第二次世界大戦前の日本の教育制度,いわゆる旧制帝国大学が新制大学に移行した時に,学位取得の機会を失った人のための救済の措置であったことは良く知られている.しかしながら,日本の文教政策は大学院の充実ではなく,戦後生まれの学生がほとんどとなった状況で,学位取得の抜け道を与え続けて来るばかりでなく,海外に対してその窓口を設定するなどの道まで示して来た.その結果,その大学の教育,指導,そして自らがどのように研究課題を設定し,またアプローチするかの議論や妥当性を検証すること無く,学位を与えるという結果だけを重視してきた.本来の学位の意味すら見出せていない多くの企業は,博士課程の教育も尊重せず,博士課程の修了者を評価せず,そして日本の技術者をその素朴な帰属意識を利用して遇するだけで,研究者としての成長のプロセスを作り上げることをしてこなかった.企業の共同作業の中から学位を貰う人を選び,申請させて来た.バブル期の前後まで大手企業には余裕があり,社内の優秀な研究者には海外の大学院へ入学させ,課程の指導を受けて学位の取得の機会を与える一方で,国内では論文博士だけを認めて来た.

 大学はと言うと,その受け入れおよび審査の課程で数々の不明朗なプロセスを残した論文博士を放棄することが未だにできていない.少なくとも心ある電気電子工学系(八大学)の教員は,この問題を理解して論文博士を受け入れないことが重要なブロセスと考えて動いて来た.ところが論文博士の路を閉ざしてしまったと同時に,企業が社会人博士への入学を人事ルールを合わせることもしなかったことで,企業の技術者に再教育の機会を失わせてしまった.今,多くの優秀な研究者・技術者を抱える電気系企業が,リストラを繰り返す中で,本当に多くの人材を無に帰してしまった.博士課程という教育のなかで受ける訓練の意味を大学が明確に示すと同時に,その対策をとること自体を放棄している.怖いことはこのような現状の把握も出来ていない者が,博士課程を考える学生に,何の責任も無く,企業に来てから学位を取れば良いと言って就職を促すのは,詐欺の域である.

 一方で大学の博士課程も,本当の意味で課程の基礎教育を標準化したものとして整えられていない.昨今,文科省の提言は博士の学位に基本的な教育とは何かと言う取り組みが始まっている様に一見思われるが,実質は何も無い.多様な経験をすることを主たる位置づけにしたリーディング等の試みなど,博士課程で行うものではない.グローバルな人材は博士課程で育てるものではなく,自ら社会に何が必要かはもっと早い段階で見出し,それを人類の多くの知見に基づいて理論付け,手法を編み出し,社会変革を起こすものでなければならない.幼稚園の園児の様に守られた中で過ごす人を送り出す,脇道を造ってるにすぎない.これをエリートコースだと思う人はどこにも居ない.本来,コースで教育を受ける前に課題を見出さなければならないのだ.一緒に考えましょう・・・とはまるで幼稚園か小学校である.

 さて,文部科学省は大学院の定員充足率を一つの評価とするとしてる.充足すれば良いと思っていることもあまりにもお寒い限りである.初等中等教育の策を誤り,大学が学部教育に忙殺される現状を作り出しておいて,大学院で教育する人を増やすという暴挙は,結局手抜き教育の連鎖を組織に生むだけである.こういったことを真剣に議論するべき大学の運営組織も,文科省も,教育そのものと未来への方向付けを避けている.つまり,日常への対応による疲弊の中で,思考を停止している.そもそも,現場から離れて過去の思い込みから改革を破壊と勘違いし,既得権益の破壊と収奪が正義と考えている限り,将来へ繋がる路はない.教育のシームレスな移項に最大限の労を取らず,潰せば零から良いものが立ち上がると思っている人が,勧善懲悪の役者という役で酔っているのが今の状況である.教育,政治,経済はその時定数があまりにも違う.そのことが未だに分からないのが情けない.大学評価の中期計画の6年間はその期間で成果を得るものではない.撒いた種を刈れたとすれば,その先立つ期間の努力の結実であり,刈り取る人の成果ではない.次に良い穂を刈り取れる様に最善を尽くすことが教育のあるべき姿であろう.下積みになること,人のために尽くす姿をみせ,他人へのサービスを厭わない態度を最優先して人を育てることが,エリートおよびその教育の本来の姿ではないか.強い者が勝つということだけを追い求める姿を示すことは,非常に脆弱な世界を生み出すことになる.博士は今なおアカデミズムのエリートであるべきである.その発する言葉に専門の立場で裏付けられる資格は,医師,法律家,宗教家に加えて,博士があることを知っておいてほしい.

 博士課程の教育だけが大学院の教育課程ではない.しかし,博士を育てる過程を経て初めて研究室が完成し,教員が成長する.その博士課程の指導において,指導者としてのジレンマ,研究者としての自負,そして葛藤があり,それを越えて初めて,研究と客観的に教育を位置づけることができるようになり,発展的な研究の指導が可能になる.一方で,指導者と苦労を共にすることは掛けが敢えのない指導でもある.その過渡状況で学ぶことも多い.それぞれ異なる状況にある研究室で,研究室を選択する学生が,何を得ることができるのかを冷静に見なければならない.

2.カリキュラムと学位

 創設以来科目を追加する作業だけしかしてこなかった京都大学工学部電気電子工学科が,そのカリキュラムに関して大きく改革に乗り出したのは2006年のことである.そして完成したのが2010年であり,その学生が大学院博士課程を終えるのが2015年である.これからわかるように,教育の過程はこのような長期間の作業と,教員の継続的な改革への集中を必要とするものである.途中で加わった教員は,本当はこの経過をきちんと学ばねばならないし,担当したものはきちんと伝えなければならない.しかし現実には,何も考えずに組織が設定した現状として,当事者意識の薄い対応をすることが多い.新しいシステムに加わることは,その理念を学び,手法を改善しながら寄与して行くことであると思う.自らに都合良く書き換える,あるいは手を抜くという形を取らない様,常に改革を続けて行くことが必要となる.静的な維持ではなく動的な展開を続けることが重要である.

 電気電子工学科の90%以上の学生が大学院に進学する現状で,6年間の期間で修士の学位を与え,加えること3年で博士の学位取得の教育を行う.この時間だけを見た教育を大きく変えたのは,工学研究科が進めた大学院前期・後期融合プログラムである.文科省や京都大学が言い出す何年も前に,大学院の5年間を連続して指導すことが可能なコースを設け,修士の区切りを自由にし,学部から大学院の科目の履修も可能にし,また博士の短縮も以前より容易にした.留学も単位として認め,主指導教員に,論文の審査だけでなく定常的な研究の指導を副指導の教員が実施する教育の実質化をどこよりも早く始めた.それが京都大学大学院工学研究科の大学院前期・後期連携プログラムである.コースは専攻に閉じず,複数の専攻にもまたがっている.従って,そのカリキュラムは個別のポートフォリオによるという方式をとる.このコースで教育を受けた学生が社会に出たのが昨年のことである.修了者は企業からも高い評価を受けている.

 残念ながら,宣伝が上手でない工学研究科は,これをいつのまにか大学のリーディング大学院の専売特許の様に使われてしまっているが,その実像が見えないコースとは異なり,実質的な運営は工学研究科の一部のコースではすでに確立し,博士を送り出して来ている.地に足の着いたコース設定でも十分に文科省が言う改革はできる.

 このように,長い時間を掛けて人をどのように育てるかを考えることがコース/カリキュラムの議論であり,自分の講義を入れろとか,あの講義を無くせとかいった個別の議論ではなく,学部から博士課程修了までにどのような教育を提示するかを示すことがその作業である.当然途中で卒業,修了する学生,途中から進学する学生に対してどのように考えるかも明確に答えが用意されていなければならない.また,イレギュラーな学習も,多様性として許容するおおらかさも必要である.それは人と課題に拠る.

 ここで今一度,論文博士とはどういう位置づけであるのかを,本当に企業,取得者が理解しているのかを問わねばならない.当然,世界でその技術を戦わせ,標準化を狙う企業においては,その前線で学位を有する技術者が,その資格に裏付けられた個人の識見と企業の信頼の下で技術の妥当性と覇権を賭けて折衝を重ねる.その場において,博士の学位の無いものはサポーターの役目以上のポジションにはなれない.単に免許証の様な認識であった論文博士は,個別企業の技術の擁護者でおわるのではなく,より広い識見の中で海外の博士と妥協点を見出し,より大きな世界を作り出す作業者になることが求められることを理解しなければならない.そのために足りないものがある.

3.多様性と特異性

 研究課題には,研究の進展の中で,萌芽期,発展期,完成期がある.京都大学はその研究のスタイルとして,等身大の研究課題の萌芽を大切にしてきた大学である.決して,海外から輸入しそれをいち早く国内で拡げてローカルな覇権を握ったり,潤沢な研究費で多くの人を雇用・使用し分野の覇権を握ったりする首都圏にある大学とは異なったスタイルできた.個々人の独特な研究思想を尊重し,その能力を認めながら研究教育環境を維持し発展させて来た.当然ながら,その能力により役割分担をし,お互いに尊重して来た.研究の流行,廃りは当然である.だからこそ獲得した潤沢な研究費は,機関は組織全体に資する,あるいは次の研究の萌芽にも適用することがなされていかねばならない.今,大学を巡る環境では,研究費を取って来ることがあたかも正しい姿と考えられている.それは特異な研究課題が固有のスペクトルで輝いて目立った結果,提供を受ける.この課題も3−5年程度の研究期間で,萌芽から完成に至ったものではない.他の研究課題の周辺として,ブロードなスペクトルの裾野の中に隠れていた課題が,何らかの技術の展開で異彩を放ちだした時,それを磨き,より輝かせることで立ち上がって来たものである.これから明らかな様に,次に育てるべき研究の課題,価値,手法の多様性が,今展開している研究課題の中で維持されなければならないのである.

 最近企業で講演をすることがある.どの企業でも,「パラダイムシフト」を会社から求められると若い技術者が異口同音に述べられる.単純に儲からなくなった事業を他に売り渡し,そして人も外に出してしまう.また異論を唱える人を,協調性が無いとグループの外に出す.そこまでは,企業の資産集中としてあり得る.しかし,これはパラダイムシフトを自社内で進めることとは対極の動きである.資本集中で技術,人のQ値を高めエネルギーを集中する.その結果,エントロピーを失っていることを理解しているのだろうか? エネルギーの集中は,その最適化の作業の中で,不要とされる様々な他への展開の芽には構わず,均質化と専業化を生み出すことになる.そのような中で,不連続な媒体でエネルギーの連続的なシフトが生じないことを忘れているのではないだろうか.この体制は時間とともに衰退することは必定である.

 特異な人はどこにでも居る,しかしそれを排除したり矯正することで,意見の均質化を図るという動きは,どこにでもある.多様な意見,可能性に道を閉ざし,上意下達な組織を作った結果,その組織は一定期間で閉じるべきものになる.その選択をしたにすぎない.人の世の繰り返しをまた学習もせずに続けている.なんと人は馬鹿なのかと思うばかりである.

 大学の研究室は,中小企業だと言う人がいる.それは,何にでも対応できる技術を持っているという意味ではない.ワンマンな社長が少数の社員と身勝手な運営をして,決して大きな組織ではできないような,自転車操業の経営をしているという姿の揶揄である.しかし,それは教育と言う側面を一切無視している.とある商品の老舗が,技術を受け継いだ者に外で開業することを許すことで,その技術,美的感覚を受けついた商品の世界を拡げ,文化のレベルまで拡げて行く世界がある.一定の技術レベルを持った者でなければ,老舗の関係者であること名乗ることは許されない.これがより大学の研究教育に近い.その中で,少しずつ新しい技術を導入し,冒険をするのは分家した弟子である.本家は頑にまた発展的に同じ技術高め,伝承し,最後には道を他に譲って行く.この不連続なシフトが技術,研究の展開といえる.伝承することは,単なる知識ではない.

 必要なことは多様性であり,多様性を認めることは特異性を認めることである.そして全ての流行は,一定の時間の後に淘汰されるものであることを自ら理解した上で,生き様を示す必要がある.

4.国際性のかけ声から見えるもの

 日本人に国際性が無いから海外に学生を送り出すという話,会社をグルーバルにするために英語を共通語にする話,などなど日本人と国際性に関する議論がある.留学生の10万人計画はいつのまにか達成されたが,我が国は何を世界に伝え,何を教授し,そして何を受け取ろうとしているのか.産業界の発想では,留学生は各国に戻って,日本のものを導入し,そしてシンパな人を作ることを要請している.身勝手な話である.一方で,海外からの留学生への採用フェアーなどで,一切の表示を日本語で行い,英語のパンフレットすら用意されていないことがある.企業名すら漢字である.彼らが一体何を考えているのかを問うたことがある.それは,その程度の日本語がわかることが選考対象とする試験であるという答えがあった.ここにある矛盾を,企業の担当者自体が理解していない.日本人が選考すること自体も矛盾である.多様な文化,知識,言語を認め,その様なバリアーを越えた上で新しい企業文化を創成するという意識が無ければ国内で企業活動を続ければ良い.自らの先入観を押し付けることのどこにも国際性はない.

 大学も国際化といいながら,窓口に英語が普通に使える人を配せない.HPも書類もいつまでたっても日本語のみで英語化しない.その環境において,留学生だけを集めて教育して,一体彼らに留学の意味があるのだろうか? 単に留学生の受け入れ数が上がることが国際化なのではなく,それにより国内の学生が自らの位置づけを問うことにあるのは明らかである.あたりまえに留学生が居り,あたりまえに日本語,英語,他の言語をまぜて理解を深める.その際に我々の共通の言語は数学であり,物理であり,結果の図であり,電気電子工学の論理である.これが工学系の姿ではないか? 物理の一分野である電気電子工学という学問に日本語という世界は無い.自らを返ることをせずして,相手にだけ変えろという姿勢に未来は無い.

 ガラパゴスは精神性の問題であって製品は優秀だという最近の巻き戻しの議論は,何か企業活動を芸術活動を勘違いしているのではないか? 日本語で話す内容も持たず,歴史を学習せず,試験科目は入試に楽だからといって多数が地理だけを勉強し,日本史も世界史も全く知らない学生,古典も読めず,自らの政治体制の問題点を考えることもなく,どうやって国際化するというのか? 自らを理由も無く高いと妄想して是とする発想自体がすでに問題である.このような傾向は,そもそもの初等中等教育の問題が生み出した結果である. 20年間の教育システムの問題が今出ているということに過ぎない.そこが既にガラパゴスである.「必然性」という観点が,多くの議論から欠落している.

 入試をAO化し,試験を廃止したとき,入学生がすり切れず教養が高まるという考えは大きな勘違いである.本来学習は知識を詰め込む期間と緩める期間,そして融合する期間,最後に導きだす期間からなる.足りないものを後から補える教育システムを作っていない我が国の高等教育は,初学で緩めた途端に知識の欠如を広く引き起こしてしまう.相対的な知識量を問う偏差値ではその問題は一切見えない.国際化を会話と考えるならそれもよい.しかし会話する内容が,上滑りで物事の本質をあらゆる可能性から議論する意識のない知識では,その次の会話が伴わないのである.初習外国語を止めている大学が多いが,第二外国語を学習することも,英語の良さ,あるいは他の言語,文化・思想への尊重を生み,多様性への理解にもつながる.そういった可能性を,利便性,単純化,即戦力,専門性といったイメージで顧みず,大切な道を切り捨てて来たことは紛れも無い.

 本当に教えるものが何かを理解し,全てのカリキュラムを見直して行く作業は,人の一生の期間を考えると,本当に壮大な実験である.国際化も同様であろう.そして,現状は20年来の初等,中等教育の結果である.もちろん,昔が良かったと言っている訳ではない.多様性を認めながら,人を育てるということはどういうことかをシステム的に見直しもせず,思いつき,思い込みで大衆迎合な施策,パフォーマンスを大学が繰り返した結果,ボディーブローを受け.教育は多くの問題に直面している.すなわち,そこここで非常に薄い研究・教育活動を生み出し,活動を維持するだけのために大きな資金が投入されている.

5.あとがき

 「反面教師」という考え方は中国の文化大革命において生まれた考えであると内田樹先生の著書 で知った.しかし同時に,反面教師というものは存在しないということも知った.これは,反面は所詮,師としては何も習う側の理解を誘発しないからである.糾弾されたり,対峙される存在としての反面教師は,一つの寄り付くべきではないボーダーを与えるが,他から与えられた規範での可否以上のものを示さないからである.

 人の数だけ理解がある.そして,人の数だけ可能性がある.自ら足りない所を理解し,真摯にその足りない知識,能力を補い,埋めて行くことが,その上に櫓を組むための必須である.その作業を,今研究室に配属されてくる学生が理解していないケースが多いことをここで述べておきたい.自分が何を知らないかを知るために研究室に配属され,研究課題を選び,研究を進める.そのことが最も重要なことである.その繰り返しができる環境が必要である.

 自分は知っていると言った時点で,相手はもう説明はしない.そしてその能力を問う.他の理解からはどのように理解するのかを,仮に自分が知っている知識についても聞く耳を持つことが大切である.その結果,裾野を埋め,幅を広げ,展開を可能にする.それはお互いのためである.

 研究は一人ではできない.人類の科学史を一人で再構築できるならすればよいが,おそらくそんな時間の余裕は無い.早い段階で科学技術のボーダーまで辿り着くための道筋を得ることは避けられない.そのボーダーまで行く作業を経ずに博士の学位は無い.そのことも理解し,小手先でそのような資格を得ても人にその道筋を示すことができないことを同時に理解することが,企業での活動でも重要なことである.

 さて,私がPIとして運営している研究室は,創設から10年を越えた.その間に10人を越える博士学生を輩出してきた.決して同じ分野にならないようにテーマを設定し,自らの手足を切り分けながら学位に方向付けしてきた.その手足も烏賊の本数を超え,もう何もないかもしれない.再生した手足から,完全な課題を提供できるかどうかもわからない.しかし,その考え方や美意識,そして生き様を提示する様日々学習を続けて行きたい.

参考文献

内田樹:先生はえらい,ちくまプライマリー新書(2005)

引原隆士:インフラとしての教育システム,工学技術研究誌 日立電線,巻頭言 (2012.1.1)

過去の記載内容


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Last-modified: 2014-11-29 (土) 09:54:32 (970d)