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研究室選択の一助としてこのホームページをご覧になる方に対して,研究室の指導に関連して私見を述べます.

<工学部電気電子工学科の研究室配属に関連して>

 京都大学工学部電気電子工学科の配属研究室の一つとして,学部生の特別研究テーマを提供し,指導をしています(以下特別研究を卒業研究と呼びます).従来卒業研究を研究の一貫として考え,各自の興味を考慮してテーマを決定してきました.しかしながら,最近の四回生の基礎能力不足の状況はこれを危うくしています.電気電子工学関連の基礎科目に関する知識不足は後で補うことは可能ですが,数学,物理,および一般教養と呼ばれる技術者および研究者としての資質のバックグラウンドとなる自然科学的教養,さらには論理的思考能力,作文能力は四回生の時点で修得するには遅すぎるものだと考えられます.それにもかかわらず,自分にその能力が不足していることを自覚せずにいる方が非常に多く,研究室配属後その指導のためにかなりの精神力と体力を持って対応せざるを得ない状況となっています.

 大学生の学力不足が叫ばれはじめてから久しいですが,工学部ではその対応を京都大学の教育の伝統である自学自習で補わせています.それは京都大学が自らの指導を放棄しているのではなく,それを自ら修得する人のみを研究の後継者として認知することを歴史的に続け,それが最も良い方法であったからです.学生に迎合することでその手法を放棄したとき,京都大学は研究大学としての存在を失うことになります.しかしながら現実にはその自学自習をどうすればよいか分からない人が多く,指導を求める声が強くなっていることも事実です.その主たる原因は,大学以前に教育指導要領の改訂に続く改定で基礎学力不足となっている状況と,高校を含めた受験産業の隆盛によるテクニックのみの知識の詰め込み,そして幼少期からの生活を通した観察に基づく科学経験の不足にあると考えられます.このような大学における指導に不満をもつのみの方は,残念ながら研究という知的活動に適合する準備が全くできていないことを自覚していただきたいと思います.

 研究者,技術者としての専門教育の講義を受けた現時点で,卒業研究は研究へのモチベーションに基づきその切欠をつかむ最後の機会です.与えられたものをこなす受験の能力の延長では,京都大学の卒業生としては充分ではないことを理解してほしいと思います.その上で自分に足りない能力を補い,さらには研究のモチベーションを維持できる研究テーマと指導者を選択するよう心がけて下さい.

<大学院での研究について>

 学生のみならず多くの研究者の方々は,今世の中でもてはやされているテーマ,良く聞くキーワードを含む分野を研究テーマとして行きたいと考えられる方が多いと思います.言うまでもなくそれは既に完成されたテーマであり,勉強を始めた時点の流行のものの見方では,すでに終わったといえるかもしれません.研究者,技術者として第一線に立つまで5年以上の時間的経過が必要であることを考えますと,世の中の興味は大きく変わってしまうことを良く理解しておかれるべきでしょう.もしそのテーマを選ぶとすれば,基礎からもう一度テーマを洗いなおす覚悟を決めて,挑む必要があります.

 私が学生のときK教授から次のような言葉を頂きました."研究の遂行に当たって,みんなが前を向いているときには後ろを向いて走りなさい.みんながあれっと思って振り返り,そして追いついて来た時には90度方向を変えなさい." このように研究の先頭を維持していくには広い教養が不可欠だと思います.基礎から,原点から全ての研究を洗いなおす余裕のある研究分野を私は選んできました.そして可能な限り配属された学生の方には,そのような研究の遂行を希望しています.そういう時,よく専門家と称する方は それは何に役に立つのか?と問い掛けます.この問いかけは実学の中では大切なものです.しかし萎縮してはいけません.この問いかけは京都大学が求めてきた研究の姿勢とは異なっています.すなわち今の実学への益の有無とその形態を維持する活動で京都大学がその存在をアピールしてきたのではありません.既存の知識の基礎の上に,総合的な知識の再構築に基づく新しい学問・応用分野の創出を本務として来たのです.

 さて,肝心なことは,テーマの流行ではなく,その分野でのアプローチをどのように学習するかです. 多くの場合卒業研究は,与えられたテーマに対して手法の提示を受け,いかにアプローチするかを 学び,演習することです.この時点で研究室や大学を替わる人がいます. そういう人も,すでに卒論の訓練を受けていると考えます.修士課程は与えられた目標に対して,提示された複数の手法から 自らその適切なものを選択し,どのようにすればその目標に肉薄できるかを 訓練する過程と考えられます.そして,博士課程は,その目標自体を自ら設定し,手法の検討 の下に成果を世に問う訓練をする過程と考えます.それぞれの過程に不可欠な訓練があり,それを 一足飛びに卓越した成果を得,世の中の評価を受けることは不可能です. 上述したように自らのモチベーションが途絶えない分野で研究開発をすることが最も重要なことだと 思います.そして研究者として,最終段階で対外的に自ら奉仕し,他による認知 を得ていくことも重要です.最も忌み嫌うべき行動は,どこかに何か面白いことはないかと,視点が定まらないまま次から次へと流行のテーマを渡り歩いたり,人のテーマに飛びついてしまうことです.大学院の指導のもとで,こういった研究の態度・倫理を学習することを希望します.

<研究について(その2)>

 一度ひとつの分野で先端まで出ると,他の分野への洞察も可能になります.その結果,研究の幅を横に広げ,これまでにやってみたいと思ったテーマにまで挑むことが可能になります.それは一番重要なことであり,次の世代のテーマを構築するのはこういう境界を拡張する研究活動です.さらに重要なことは,先生,先輩,他の研究室の人,学外の方と議論することです.そういう環境でこそ新しいものが生まれていきます.どの研究室も日々同じ状態に留まっているようなものではありません.常にアクティブに動いています.そういう活動を通して研究を見られることを希望します.また,人のテーマは良く見えます.論文がたくさん出版できるテーマは研究者として生き始めた者にはうらやましく思えます.でもそれは研究テーマの本質とは何ら関係はありません.一生のテーマとできる課題を見つけたことを幸せに思うことも重要です.同時に既存の分野を基礎から検討しなおすことは,新しい分野の創生につながることも頭の隅に置いておいてください.

 さて,工学部の研究は得てして応用研究と考えられています.しかし,最終結果が応用かもしれませんが,その対象は自然現象の制御であったり,脳や生体機能の模擬であったり,複雑な人工システムの設計や制御であったりします.それらは,18世紀,19世紀には森や川のように人間の周囲にあった自然と同じように,人間の関わる環境なのです.その現象や環境を Science の観点で見つめなおすことが最も重要なことです.前世紀の終りまで,人間の扱える知識と能力は平衡点の周辺の分かり易い現象に限られてきました.さらに大域的な空間にまで理解を広げることが必要とされています.その中で,新たなモデルを見出し,再び人間のコントロール下に復させるEngineering Scienceを目指すことは,工学の本質的に取るべき方向だと思います.

<大学院での研究室選択について>

 大学院での研究室の選択は,研究の指導者の選択に通じます.自らその考えに共鳴することができる,あるいはその考えに反論することで新しい分野を構築するに足る相手であるべきだと思います.私は配属された学生に自分の手足を求めることはありません.共同研究者に足る資質を示し,よき研究のパートナーになって頂くために全身全霊で向かっていきます.そして大学を卒業した社会人と同じ年齢である以上,義務と責務を守った態度を求めています.私どもの研究室は,この点を前提に選択をしていただきたいと思います.
 我々の研究テーマは Engineering Science であり,主として非線形力学の工学的応用です.その実現がパワーエレクトロニクス,電力工学,磁気浮上,ハイブリッド系,電磁機械系など多岐に及びますが,基本的には従来の工学システムの線形の枠組みを拡張して新しい電気工学の分野の開拓を目指しています.前例のないテーマになるケースがあり,多くの学生の方には実験システムの開発,システムのモデル化から制御まで幅広い検討を求めています.研究室を選択される場合は,少なくとも非線形力学への興味,制御の実験的展開,電気エネルギー分野への興味などが望まれます.指導者の研究については,それぞれの論文リストから適当なものをダウンロードして読んでいただくことを希望します.そして,我々の考えを理解いただければと思います.

 なお,いくつかの書籍は,研究の遂行上必要と考えています.可能な限り自ら学習していただきたいと思います.

                                                       By  引原 隆士 


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